研究実績・成果
研究実績・成果
研究成果の公表 内科学講座(消化器内科学分野) 水上 裕輔 教授、先進ゲノム 地域医療講座 玉村 伸恵 氏
膵がんの早期診断をめざしたDNAシーケンサーを開発
~分子診断の社会実装に向けて、共同研究講座による技術開発に期待~
ポイント
- 日立ハイテク開発の広ダイナミックレンジDNAシーケンサー「HiDy」を応用
- 多くの膵がん患者に見られる「KRAS遺伝子」の1%未満の低頻度変異を高感度に検出
- 共同研究講座「先進ゲノム地域医療講座」での実証実験により、がんの早期診断への応用に期待
研究の概要
旭川医科大学内科学講座(消化器内科学分野)の水上裕輔教授と同大学に設置された「先進ゲノム地域医療講座(共同研究講座)」の玉村伸恵氏、札幌東徳洲会病院医学研究所の小野裕介部門長(共同研究講座 客員准教授)らの研究グループは、株式会社日立ハイテクの萩原佳彦氏、加藤宏一氏らと共同で、従来のDNAシーケンサーよりもダイナミックレンジを大幅に拡張した新型DNA解析装置の臨床応用に向けた研究を行いました。
本装置は、微量な変異も検出可能な高感度解析を特長とし、これまで検出が困難だったKRAS遺伝子Codon12および13における1%未満の低頻度変異の検出に成功。膵がんが疑われる34例の生検試料を対象に、旭川医科大学の共同研究講座において検証が行われました。
今後は、検出可能な変異の種類をさらに拡充し、簡便かつ低コストな分子診断技術としての社会実装が期待されます。
本研究成果は、2025年7月1日(火)に国際学術誌「Scientific Reports誌」に掲載されました。
研究の背景
膵がんは体の深部に発生するため、初期には自覚症状がほとんどなく、発見が非常に難しいがんの一つです。特に早期段階では画像診断での検出が困難で、診断された時点ですでに進行しているケースが少なくありません。そのため、膵がん治療では早期発見が極めて重要です。
多くの膵がん患者では、KRAS遺伝子などに変異が見られます。これらの変異はがんのごく初期から出現することが知られており、遺伝子変異の検出は膵がんの早期診断につながる有効な手掛かりになります。
旭川医科大学と株式会社日立ハイテクは、膵がんを低侵襲で早期に発見できる技術の開発をめざして2024年に共同研究講座を設置しました。膵がんの早期発見には、多数の正常なDNAの中にごくわずかに存在する変異DNAを検出する必要があります。
現在、広く用いられている方法の1つに、簡便かつ安価に実施できるDNAシーケンサーを用いた遺伝子解析があります。しかし、DNAシーケンサーでは、微量な変異の検出に際して信号が飽和しやすく、精度が低下するという課題があります。
そこで本研究グループは、日立ハイテクが開発したダイナミックレンジを拡張した新型DNAシーケンサーを活用し、より広範な濃度域でのDNA測定を可能にする新たな変異検出法を構築しました。この技術により、膵がんのごく早期段階での診断が現実的になることが期待されています。
研究手法
共同研究講座のグループは、日立ハイテクが開発したダイナミックレンジを拡張した蛍光検出方法である「HiDy(High Dynamic range)技術」を搭載したDNAシーケンサーを活用しました。HiDy-CEでは、イメージセンサー上の検出単位(ビニング領域)を小型化し、その数を増やすことで、従来比で8倍のダイナミックレンジを実現し、信号飽和のリスクを大幅に低減しています(図1)。
この技術を用いて、手術で摘出した腫瘍組織由来DNAと正常組織由来DNAを混合し、変異割合を段階的に変化させて解析を実施。どの程度の低頻度変異まで検出できるかを検証しました。さらに、膵腫瘍が疑われる34例から針生検FNB(Fine Needle Biopsy)により採取した腫瘍組織を対象に、既存の遺伝子変異技術であるデジタルPCRおよびターゲットシーケンスとの比較により、本技術の性能評価を行いました。

イメージセンサー上の検出単位(ビニング領域)を小さくし、その数を増やすことで、従来よりも広域なダイナミックレンジを有するDNAシーケンサー「HiDy-CE」を開発しました。本技術により、信号の飽和のリスクが下がり、より低頻度の遺伝子変異が検出できるようになりました。
研究成果
腫瘍組織と正常組織由来 DNA の混合比を変化させて行った実験では、HiDy-CE において KRAS 遺伝子の代表的な変異の 1 つである G12V を 0.5%の低頻度の変異からで検出可能であることが確認され、従来の DNA シーケンサーで発生してしまった信号の飽和も認められませんでした(図2)。また、針生検 FNB 検体を用いた解析においても、HiDy-CE は高精度で知られているデジタル PCR およびターゲットシーケンスと同等の精度を有することが示されました(図3)。
さらに、FNB 検体に含まれる変異 DNA を市販の野生型 DNA と混合し、変異割合を低下させた条件で検出限界を評価した結果、変異の種類により検出限界が異なるものの、G12V 変異については 1%未満の変異を検出できることが示されました(図4)。

左図に示す従来の DNA シーケンサーでは正常な DNA 由来の信号が飽和している一方で、中央図に示す新規開発した HiDy-CE では信号が飽和せず、低頻度の遺伝子変異の検出(正常 vs 異常 DNA の正確な比の算出)が可能となりました。

新規開発した HiDy-CE では、既存技術であるデジタル PCR やターゲットシーケンス(いわゆる次世代シーケンサー)と同等の結果を得ることができました。

KRASの代表的な変異の1つであるG12Vの検出限界は0.6%であり、従来のDNAシーケンサーの限界を大きく超えることが分かりました。
今後への期待
本研究により、DNA シーケンサーを用いて従来よりも少ない割合の遺伝子変異まで高感度に検出できる可能性が示されました。今後、複数の遺伝子変異を同時に検出する技術との統合により、簡便かつ低コストで高精度な遺伝子解析法の確立が期待されます。本技術の確立により、画像診断では発見できない段階で遺伝子変異を検出することで、従来より早期に診断し、また個人ごとに適した薬剤の選択をしやすくなることが期待されます。
これは、膵がんを低侵襲で早期に発見する装置やシステムの構築をめざして設置された共同研究講座の目的に合致するものであり、今後の社会実装に向けた重要なステップになると考えられます。
研究費
科学研究費助成事業:
• 23K06759 (小野 裕介) マルチ核酸リキッドバイオプシーによる膵癌の超早期診断
• 24K02431 (水上 裕輔) 膵発癌素地の成り立ちと浸潤癌の芽の発生機構に基づく膵癌早期診断
その他の外部資金:
• 高松宮妃癌研究基金(水上 裕輔)
• 内藤記念科学奨励金・研究助成(水上 裕輔)
• リレー・フォー・ライフ・ジャパン「プロジェクト未来」(水上 裕輔)
論文情報
【論文名】High Dynamic Range Capillary Electrophoresis Method for Sensitive Detection of Low-Frequency Driver Mutation
(ダイナミックレンジを拡張したキャピラリ電気泳動による低頻度がんドライバー変異の高感度検出)
【著者名】玉村伸恵1、2、萩原佳彦3、加藤宏一3、小野裕介1、4、高橋賢治1、2、小山一也2、佐藤裕基2、岡田哲弘2、河端秀賢2、大滝 有2、前田知歩4、森美由紀4、千葉伸一5、谷野美智枝6、谷上賢瑞2、7、穴沢 隆8、伊名波良仁3、水上裕輔1、2、4(1旭川医科大学先進ゲノム地域医療講座、2旭川医科大学内科学講座消化器内科学分野、3株式会社日立ハイテク、4札幌東徳洲会病院医学研究所、5旭川医科大学実験実習機器センター、6旭川医科大学病理部、7東京大学アイソトープセンター、8株式会社日立製作所)
【雑誌名】Scientific Reports(自然科学の全領域を網羅する学術誌)
【DOI】 10.1038/s41598-025-01884-5
【公表日】2025年7月1日(火)(オンライン公開)
【研究に関するお問合せ】
旭川医科大学 内科学講座(消化器内科学分野) 教授 水上 裕輔(みずかみ ゆうすけ)
TEL 0166-68-2462
メール mizu★asahikawa-med.ac.jp(★を@に変えてください)
URL https://amu-imed.jp/