研究実績・成果
研究実績・成果
研究成果の公表 病理学講座腫瘍病理分野 後藤 正憲 助教
このたび、本学病理学講座腫瘍病理分野 後藤正憲助教の研究論文がELSEVIER社の発行する学術雑誌 Biochimica et Biophysica Acta(BBA)-Molecular Basis of Disease に掲載されました。
肝再生におけるがん蛋白質Mycの役割-肝細胞増殖の謎の一端が明らかに-
肝臓は古くから再生能力の高い臓器として知られています。実際、健康な肝臓は大部分が切除されても、残った部分がすみやかに再生し、元通りの大きさまで回復します。肝臓の中で最も数が多く、機能的に重要な細胞である肝細胞は、ふだんはほとんど増殖していませんが、肝切除後やその他の急性傷害後には短期間に急激に増殖します。一方、肝臓に繰り返し傷害が加わる慢性肝臓病では、肝再生はゆっくりと進行し、肝細胞は弱いながらも長期間にわたり増殖します。これまで多くの研究者が肝再生について研究してきましたが、このように異なったモードの肝細胞の増殖がどのようなメカニズムに基づくのかについてはほとんど研究されていませんでした。がん蛋白質MycはDNAに結合する転写因子として働き、数多くの遺伝子の発現調節に関わっていますが、私たちはこれまで肝腫瘍におけるMycの意義について検討し、Mycが腫瘍細胞の増殖に非常に重要であることを見出しています。しかし、肝再生に伴う肝細胞増殖でのMycの役割については研究者間で意見が一致していません。そこで本研究では、肝細胞増殖におけるMycの意義を明らかにするため、マウスのモデルを用いて実験を行いました。
私たちの研究の概略は別図に示した通りです。初めにMycの働きを特殊な蛋白質で抑える人工キメラ蛋白質MadMyc(Mycを抑制するMad蛋白質とMyc蛋白質のDNA結合部位をつなげたもの)をアデノ随伴ウイルスを使い、マウス肝細胞に発現させます。その後、部分肝切除を行い、MadMyc発現の影響を、細胞に影響を与えない対照蛋白質(Cluc)を発現させた場合と比較して検討しました。その結果、部分肝切除後の急激な肝細胞増殖はMadMycでMycを抑制するとまったくみられなくなることがわかりました。他の急性傷害モデルでも同様の結果が得られ、肝細胞の劇的な増殖はMycに依存していることが明らかになりました。一方、Mycを抑制してもその後に持続的な弱い肝細胞増殖が起こり、最終的には肝再生が起こることもわかりました。非必須アミノ酸であるプロリンは以前から肝細胞の増殖に関わることが知られていましたが、持続的な肝細胞増殖はプロリンを分解する酵素の発現低下を伴っていることも初めて明らかにしました。以上の結果は、肝細胞の増殖にはMycに依存する一過性で急激な増殖とMycに依存しない持続的で弱い増殖の2つのモードがあることを示しています。
今回の研究で、長年にわたり不明であった肝再生のメカニズムの一端を明らかにすることができました。Mycの阻害は肝がんの治療に有効であると期待されていますが、肝がんの患者の多くは慢性肝傷害を合併しており、Myc阻害が背景の肝組織の再生にどのような影響を与えるかは重要な問題です。私たちの研究は持続的な緩やかな再生に対してはMyc阻害は強い影響を与えないことが予想され、今後の肝がんの治療に大きな示唆を与えるものと考えられます。
本研究は本学病理学講座腫瘍病理分野の後藤正憲助教と西川祐司前教授(現学長)を中心に行われ、その成果は2023年1月19日にELSEVIER社の発行する学術雑誌 “Biochimica et Biophysica Acta (BBA)Molecular Basis of Disease”に掲載されました。
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