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研究実績・成果

研究実績・成果

2024年05月22日
研究成果

研究成果の公表 地域医療教育学講座 野津 司 教授

このたび、本学地域医療教育学講座 野津 司 教授の研究論文がElsevier出版社の科学雑誌International Immunopharmacologyに掲載されました。

抗アレルギー薬のトラニラストは過敏性腸症候群の新しい治療薬となり得る

 過敏性腸症候群(IBS)は一般人口の15%程が罹患している頻度が多い病気で、慢性の腹痛と下痢や便秘などの便通異常を来す疾患です。命に別状はありませんが、症状のために日常生活に大きな支障が出るため、学校や仕事を休むなど社会生活に与える影響は重大です。通常の検査(内視鏡検査や血液検査)では異常が見つからず、未だに原因がはっきりと解明されていません。またIBSはストレス関連疾患の代表的なものであり、ストレス社会の現代において、ますますその頻度の増加が予測されます。治療は原因がはっきりと解明されていないこともあり、多くは対症療法に留まっているのが現状です。

 旭川医科大学 地域医療教育学講座・総合診療部の 野津 司 教授の研究グループは、これまでIBSの動物モデルを使用して、IBSの原因解明の研究をすすめてきました。今回IBSで認められる内臓知覚過敏と腸管バリアの傷害には、炎症反応を惹起する細胞内タンパク質複合体、NLRP3インフラマソームが関与し、古くから日本で使用されている抗アレルギー薬のトラニラストが、NLRP3インフラマソームの発現を抑制する事により、内臓痛と腸管バリアを改善させることを明らかにしました。本研究は4月21日にElsevier出版社の科学雑誌International Immunopharmacologyに掲載されました。

 本研究の知見から、IBSは一般的な検査では検出できないような微細な炎症がNLRP3インフラマソームを介して大腸に生じ、それに伴い大腸の知覚過敏、バリア機能が傷害され、腹痛と便通異常が生じることが原因として重要であり、抗アレルギー薬のトラニラストはNLRP3インフラマソームの発現を抑制することにより、IBSの症状を改善させる可能性があることが示唆されました。

研究の背景

 IBS患者の多くで、内臓知覚過敏という現象がみられます。大腸に伸展バルーンを挿入して膨らませると、IBSでは健常人と比べて少しバルーンを膨らませるだけで、痛みを自覚することがわかっており(内臓知覚過敏)、これが腹痛と関連しています。一方、腸管バリアの傷害と、それに伴う大腸の微小な炎症も、原因として重要であることがわかってきました。IBS患者では、炎症関連物質のリポポリサッカライド(LPS)や炎症性サイトカインの血液での増加が指摘されています。

 またIBSではストレスによって症状が悪化しますが、ストレスホルモンのコルチコトロピン放出因子(CRF)が、内臓知覚過敏や腸管バリアの傷害を引き起こすことがわかっています。一方、LPSや炎症性サイトカインもこれらの大腸の機能変化を来すことが示されており、CRF受容体、LPSの受容体であるTLR4が互いに刺激し合い、炎症性サイトカインが産生されて、内臓知覚過敏、腸管バリアの傷害を生じることが原因の一つであると考えられています。

 細胞内タンパク質複合体、NLRP3インフラマソームはLPS、TLR4を介して活性化され、その結果として炎症性サイトカインであるインターロイキン1βが産生されます。今回、IBSの内臓知覚過敏や腸管バリアの傷害におけるNLRP3インフラマソームの役割を明らかにするために、NLRP3インフラマソームの抑制作用が報告されているトラニラストを使ってその検証を行いました。

研究成果の概要

 内臓痛の評価は、ラットの大腸に伸展バルーンを挿入し、腹筋に筋電図の電極を装着し、バルーンを膨らませてラットが痛みを感じ、それに伴って生じる腹筋収縮を筋電図で検出することにより痛みが生じる閾値を測定しました。大腸のバリア機能は、エバンスブルーという色素を大腸に注入し、15分間に大腸組織に取り込まれるこの色素の量を測定することで評価しました。

 LPSを注射すると痛み閾値の低下(内臓知覚過敏)と腸管透過性亢進(腸管バリアの傷害)が生じますが(ラットのIBSモデル)、トラニラストはそれらの現象を阻止しました。さらにCRFを注射すると同様の変化が生じますが(もう一つのIBSモデル)、トラニラストはそれらの変化も抑制しました。

 ケトン体の一種であるβ-ヒドロキシ酪酸は、トラニラストと同様にNLRP3インフラマソームの抑制剤ですが、これを投与したところ、LPSによる内臓知覚過敏と腸管バリアの傷害をトラニラストと同様に抑制しました。一方、インターロイキン1βの注射でも、LPS、CRFと同様の大腸の機能変化を来しましたが、トラニラストはこれらの変化に影響を与えませんでした。

 大腸組織のNLRP3とインターロイキン1βはLPS投与により増加しましたが、トラニラストはこれらの増加を抑制しました。

まとめ

 IBSの原因として、内臓知覚過敏と腸管バリアの傷害が重要と考えられていますが、それらの変化に、NLRP3インフラマソームの活性化が関与しており、トラニラストはNLRP3インフラマソームの発現を抑制する事により、これらの変化を阻止しました。以上の結果は、トラニラストがIBSの症状を改善させる可能性があることを示しています。現在IBSの治療の大部分は対症療法に留まっています。トラニラストは、古くから日本で使われている抗アレルギー薬で、既に安全性が広く確かめられています。本研究は、既存の薬剤トラニラストがIBSの新規治療薬として有望である事を指摘するものです。今後は、実際に臨床現場でその効果について、検証を行っていく予定です。

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論文情報

Tranilast alleviates visceral hypersensitivity and colonic hyperpermeability by suppressing NLRP3 inflammasome activation in irritable bowel syndrome rat models. T. Nozu, H. Arie, S. Miyagishi, M. Ishioh, K. Takakusaki and T. Okumura. Int. Immunopharmacol. 2024 Vol. 133 Pages 112099, DOI: 10.1016/j.intimp.2024.112099.

論文は下記リンクより確認できます。
https://authors.elsevier.com/a/1iyhr5aRFnjgSZ

研究資金

本研究は、日本学術振興会(JSPS)「科学研究費助成事業」(基盤C22K08790 研究代表者:野津司,基盤C26460955 研究代表者:奥村利勝,新学術領域研究26120012 研究代表者:高草木薫)と秋山記念生命科学振興財団「研究助成一般」(研究代表者:野津司)の支援を受けて実施しました。

【研究に関するお問合せ】

旭川医科大学地域医療教育学講座 教授 野津 司
TEL:0166-68-2844(総合診療部)