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研究実績・成果

研究実績・成果

2022年01月20日
研究成果

研究成果の公表 病理学講座(腫瘍病理分野) 田中 宏樹 助教

このたび、本学病理学講座腫瘍病理分野 田中宏樹助教等の研究論文がUICC(Union for International Cancer Control: 国際対がん連合)の機関誌「International Journal of Cancer」に掲載されることが決定しました。

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ijc.33915

⾃⼰⾎⼩板を使った肝がん治療 ⾎⼩板でがん細胞を騙し討ち

本研究は、「⾎⼩板が肝がん組織内で活性化し、発がんを促進する」という性質を利⽤し、治療薬を⾎⼩板に内包させて運ばせ、がん細胞に効率的に作⽤させるという治療法を考案し、動物モデルでその効果を実証した研究内容です。これまで、薬剤での治療が困難とされていた肝がんに対する新たな治療法を提案するものです。

※UICCは1933年にがん対策組織、専⾨家、ボランティア団体(現在、世界の155カ国から800団体)の連携による地球規模の共同体として、がん制圧を⽬指して活動するためにスイス、ジュネーブに本部をおいて設置されました。「International Journal of Cancer」は1966年よりこの機関誌として発⾏されている伝統的ながん研究の専⾨誌です。

なお、この研究は科学研究費助成事業「KAKENHI」、⼀般財団法⼈北海道B型肝炎訴訟オレンジ基⾦、橋渡し研究事業 Aシーズの⽀援により⾏われました。この場を借りて深く御礼申し上げます。 

論⽂タイトル

Treatment of hepatocellular carcinoma with autologous platelets encapsulating sorafenib or lenvatinib: a novel therapy exploiting tumor-platelet interactions
ソラフェニブ、レンバチニブを封⼊した⾃⼰⾎⼩板による肝がんの治療 −腫瘍と⾎⼩板の相互作⽤を利⽤した新たな治療戦略− 

著者

⽥中宏樹、堀岡希⾐、⻑⾕部拓夢、澤⽥康司、中嶋駿介、⼩⻄弘晃、磯崎翔太郎、後藤正憲、藤井裕美⼦、上⼩倉佑機、⼩川勝洋、⻄川祐司
Int J Cancer. 2021 Dec 22. DOI: 10.1002/IJC.33915 

研究成果の背景とポイント

ヒトの全⾝をめぐる⾎液の中には、酸素を運ぶ「⾚⾎球」、病原体と戦う「⽩⾎球」、そして、ケガなどにより⾎管が壊れたところに集まり、過剰な出⾎を防ぐ「⾎⼩板」が存在します。本研究はこの⾎⼩板とがんにまつわる内容です。

⾎⼩板は、出⾎を防ぐ機能の他にも傷⼝を修復するための細胞増殖因⼦を周りに放出して、ケガの治癒を早める役割も担っています。実は、体の中にできたがんはこの⾎⼩板の作⽤を悪⽤し、がんの近くに形成された⾎管内で⾎⼩板を活性化させ、放出された細胞増殖因⼦を利⽤して成⻑することが明らかとなっています。

研究成果の背景とポイント_01

我々は、この「がんが⾎⼩板を利⽤して成⻑する」という性質を逆⼿に取り、「⾎⼩板の中にがんの治療薬が含まれていれば、がんが騙されてその⾎⼩板を活性化させ、そこから放出された治療薬の作⽤を受けることになり、結果的に治療につながるのではないか?」と考えました。

そこで、我々はこの仮説を、ラットの肝がんモデルにおいて検証することにしました。肝がんの治療では、薬物により治療を⾏うと、肝臓本来の解毒作⽤が働くため、肝がん細胞に薬剤を充分に作⽤させることができません。従って、肝がんは薬剤による治療が難しいがんとして位置づけられています。

あらかじめ、発がん物質を⽤いて肝がんを誘導したラットから採⾎を⾏い、そこから⾎⼩板が活性化しないように気をつけて分離し、その⾎⼩板に薬剤を取り込ませました。その薬剤とは「ソラフェニブ」や「レンバチニブ」という肝がんの治療薬として近年、⽤いられるようになった薬です。このように準備した⾎⼩板を元の個体に注射する作業を週2回、10週間繰り返しました。⽐較対照のため、薬剤を取り込ませていない⾎⼩板や、それぞれの薬剤をそのまま注射する実験も⾏いました。

治療が終わったときにラットの肝がんから作った標本を顕微鏡で観察すると、「ソラフェニブ」や「レンバチニブ」を取り込ませた⾎⼩板で治療を⾏ったラットでは、その他の処置を⾏ったラットと⽐較して、明らかにがんの組織が強く破壊されており、薬剤による効果的な治療ができたことが証明できました。また、これらの⾎⼩板は肝がん組織以外のところで悪影響を引き起こすこともありませんでした。

研究成果の背景とポイント_02

つまり、「我々は、肝がんとの⾎⼩板をめぐる“騙し合い”に勝ち、肝がんを討ち取った」と⾔えます。さらに我々は、これらの薬をヒトの⾎⼩板にも取り込ませることにも成功しました。

今後の展望

この結果を臨床に置き換えて考えると、肝がん患者から採⾎、⾎⼩板分離を⾏い、薬剤を取り込ませて、患者に投与すると、効果的な治療ができるということになります。がん細胞に薬剤を作⽤させる効率が良いので、副作⽤を最⼩限に抑えるように、かなり少量の薬剤でも、患者⾃⾝の⾎⼩板に取り込ませて投与することで治療効果が得られると期待できます。

これまでに、がんの薬物治療においては薬剤を直接投与するだけではなく、⼈⼯的に作られたウイルスなど、何らかの「運び屋」に薬を詰め込んで投与するという⼿法も研究されてきました。がん組織以外への悪影響をできるだけ避けて、より効率的に薬剤をがんに作⽤させるためです。しかしこれらの「運び屋」は、⼈⼯物であるため、投与した個体において拒絶反応が起きる事が問題となっていました。⼀⽅、我々が今回⽤いたのは、肝がんを発症した個体⾃⾝の⾎⼩板です。つまり、拒絶反応の⼼配がありません。がん薬物療法の最適な「運び屋」は、実は、我々の体の中に存在していたのです。

我々は、今後、この患者⾃⾝の⾎⼩板を薬の「運び屋」として利⽤する⽅法を臨床応⽤するために、「ソラフェニブ」や「レンバチニブ」以外の薬剤も⾎⼩板に取り込ませることが可能なのか?この⽅法が肝がん以外のがんにおいても有効なのか?ということを検討しつつ、⾃⼰⾎⼩板を薬の「運び屋」として利⽤する治療を安全に実施するための医療機器の開発も⽬指したいと考えています。

⽤語解説

ソラフェニブ:ネクサバールという商品名の薬剤で、肝がんの治療薬として⽤いられる。
レンバチニブ:レンビマという商品名の薬剤で、肝がん、甲状腺がんの治療薬として⽤いられる。どちらの薬も分⼦標的治療薬と呼ばれる薬で、従来の抗がん剤と⽐較すると副作⽤が少ないとされていますが、これらの薬を⽤いても副作⽤が起こることが報告されており、治療を中断せざるを得ない患者もいます。

図解

肝がん細胞から⾎⼩板を活性化させる因⼦が放出している図

肝がん細胞からは⾎⼩板を活性化させる因⼦が放出されます。全⾝の⾎管内をめぐる⾎⼩板は肝がんの近くの⾎管に到達すると、その因⼦に反応して、⾎管内に接着します。⾎⼩板からは細胞増殖因⼦が放出され、肝がんはそれを利⽤して成⻑します。例えるなら、肝がん細胞が「傷⼝」であるかのように巧妙に振る舞い、⾎⼩板から細胞増殖因⼦を搾取して成⻑するということです。

⾎⼩板ががん組織を破壊している図

分離した⾎⼩板に治療薬を取り込ませてから体内に戻すと、⾎⼩板は肝がん細胞の近くの⾎管で薬剤を放出し、がん組織を破壊します。まさに⾎⼩板を利⽤した騙し討ちです。