てんかん・てんかん外科部門

てんかんは古来より知られている疾患のひとつである。しかし、医学的知識のない時代には「憑依」などと捉えられ、病態に対する理解は少なかった。まして、当時の「てんかん外科手術」という領域はかつての精神外科手術と称されるロボトミー手術を彷彿とさせ、世間のてんかん外科に対する抵抗は大きかった。こうした中、側頭葉てんかんに対する手術治療が内科的治療と比較して有意に良好な発作消失率(約90%)を達成することができたという研究報告から、てんかん外科治療に対する有効性が注目されることとなった。

現在はてんかんに対する病態理解が深まるとともに、有効な内科的治療薬が数多く登場している。てんかん治療の原則は抗てんかん薬による薬物治療であり、60-80%は発作が抑制される。しかし、適切な薬物治療を行っても発作が抑制できない場合*には「てんかん外科手術」が考慮される。てんかん外科手術の適応については、個々の症例により異なり、病変に応じた適切な手術が選択される。具体的な内容は以下の通りである。

*2-3種類以上の抗てんかん薬を2年間以上投薬しても発作が抑制されない場合、難治性てんかんと診断される。(日本てんかん学会)

てんかん外科手術の適応疾患と手術内容

① 内側側頭葉てんかん (mesial temporal lobe epilepsy: MTLE)

側頭葉てんかんの分類

  1. 内側側頭葉てんかん (mesial temporal lobe epilepsy: MTLE)
    臨床発作が、側頭葉の内側底部辺縁系から起始する。(扁桃体海馬発作)
    ⇨発作様式、治療成績などから内側側頭葉てんかんという独立したてんかん症候群とされる。
  2. 外側(新皮質)側頭葉てんかん (Lateral neocortical temporal lobe epilepsy )
    臨床発作が、側頭葉外側の新皮質から起始する。(外側側頭葉発作)
    ⇨新皮質てんかんに属する(次の章で説明)。

注) 同じ側頭葉てんかんでも、両者は異なるてんかん症候群であることに注意
歴史的にも、てんかん外科のなかで最も早く治療法が確立し、また最も多く行われてきたのが内側側頭葉てんかんに対する手術である。

内側側頭葉てんかんに対する側頭葉切除術の治療法と治療成績

  1. 手術
    内側側頭葉てんかんの側頭葉切除術
    一般的に、切除範囲は側頭葉先端から6.0-6.5cm (優位側の場合4.0-4.5cm)、扁桃体、および海馬(先端から1.0-3.0cm)を摘出する。
  2. 治療成績
    1年後の発作消失率は、手術治療軍で58%、薬剤治療群で8%であった。(P<0.001)

    治療成績
    (Weibe S, N Engl J Med. 2001)

  3. 特殊な手術法-海馬多切術(multiple subpial transection: MST)
    特に、言語優位半球(人口の約90%は左側が優位半球と言われている)の海馬を切除した場合、術後の記銘力障害が問題となる(Novelly RA. Annals of neurology. 1984)。こうした中、2006年に海馬多切術が報告され、発作の消失とともに記銘力温存に有効な術式であることが示されている(Shimizu H, J Clin Neurosci. 2006)。海馬を輪切りにするように切開する。
    術後は発作波の消失、および、記憶力テストの成績が変わらないことが示されている。

② 新皮質てんかん

  1. 限局性病変の有無による治療成績の違い

    新皮質てんかんの成績
    (Téllez-Zenteno JF, Epilepsy Res. 2010)

    有病変てんかんの術後発作消失率は約70%であるのに対して、
    無病変てんかんの消失率は約40%と有意に低い。

  2. 限局性有病変てんかんの主な種類
    • 内側側頭葉てんかん
    • 脳腫瘍 (特にganglioglioma, dysembryoplastic neuroepithelial tumor: DNT, diffuse astrocytoma)
    • 海綿状血管奇形
    • 大脳皮質形成異常…小児てんかん外科で高頻度
  3. 無病変てんかん
    有病変てんかんと比較して手術治療成績が悪い。
    ⇨てんかん焦点がネットワークを形成して広範囲に及んでいる可能性が示唆される。
    無病変てんかんには慢性硬膜下電極の留置が推奨される (日本てんかん学会ガイドライン)。
    *当講座は、「無病変てんかん」の治療成績向上に努めている
    無病変てんかんに対するアプローチとして以下のように行っている。

    1. MRIによる脳の画像診断
    2. 硬膜下電極を用いたa)焦点診断とb)脳機能マッピング
    3. 手術範囲の決定

硬膜下電極を用いた焦点診断および脳機能マッピングを行い、治療を行った症例

硬膜下電極の焦点診断と脳機能マッピング
実際に硬膜下電極を留置して発作焦点診断、および、周辺の脳機能検査を行った症例。
発作誘発部位は摘出し、その他「言語」「運動」機能部位は温存し、術後は発作の消失と機能温存ができた。

③ 多焦点発作

焦点が不明な前頭葉てんかん、欠神発作、失立発作が本分類に該当する。これらについては、脳梁離断術の適応があるとされてきた (Engel J Jr. New York, Raven Press. 1993)。
今日では、脳梁離断術が特に失立発作に有効であるとされている。
緩和手術であるため、発作の完全消失率は10%程度だが、約60%の症例で発作頻度、重症度の減少が得られる。

脳梁離断術

  1. てんかん焦点診断
    んかん焦点診断
    頭蓋内電極で右前頭葉からの発作が右前頭葉に伝播していることが分かった症例。
    失立発作を繰り返していたことから、本症例に対して脳梁離断術を施行した。
  2. 手術
    手術
    左大脳半球と右大脳半球を結ぶ脳梁を離断し、発作波(右上)の消失を確認した。

④ 切除不能なてんかん

てんかん焦点が両側もしくは多数、てんかん焦点が機能野に位置する、または、てんかん焦点が同定できない場合に迷走神経刺激療法 (Vagus nerve stimulation: VNS) が行われている。

迷走神経刺激法とは❔

  • 迷走神経は脳神経の中で最大である。
  • VNS装置は左側に埋め込むことが推奨されている。(右に留置した場合、不整脈誘発のリスクがある)
  • VNSの明確な作用機序は不明であるが、以下のように考えられている。
    1. 迷走神経刺激が孤束核や脳幹網様体への電気刺激を調節し、てんかん発作を抑制する。(Roosevelt RW. Brain Res. 2006)
    2. 迷走神経刺激が長期に及ぶと、gamma-aminobutyric acid (GABA)が増加し、神経興奮が抑制される。(Narayanan JT. Epilepsia. 2002)

また、VNS開始後に脳血流や脳代謝が向上した報告もあり、こうした減少から、認知機能改善などの作用もあると考えられている。(Henry TR. Neurology. 1999)
VNS埋め込み後の患者の61.3%が50%以上の発作減少となっている (Terra VC. Arq. Neuro-Psiquiatr. 2013)。

迷走神経刺激法の症例

脱k力発作姿勢は安定

迷走神経刺激法後には発作頻度は減少し、日常生活の不自由さもなくなったと話されていた。

まとめ

内側側頭葉てんかんに対する外科手術はてんかん治療の重要な位置づけとなっている。そして、近年は難治性てんかんと言われる無病変てんかん (発作消失率は40%未満)に対する外科治療も積極的に行われるようになってきている。さらに、てんかん焦点の切除不可能症例に対しても脳梁離断術や迷走神経刺激装置 (VNS)埋め込み術といった新たな緩和手術が行われるようになり、てんかん外科の果たす役割は確実に大きくなってきている。

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