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2011年、日本麻酔科学会が神戸市に、日本初となる学会が運営する麻酔博物館を開設しました。開設にあたり、以前から浜松医大麻酔科ホームページ上で古い麻酔機器を紹介するコーナーを運営していた私にも声がかかり、2011年から博物館の委員として運営をお手伝いさせていただくことになりました。
麻酔博物館では展示の目玉として、"日本発"となるものを取り上げて特別に展示しようという事になり、その中の一つが「パルスオキシメータ」でした。1974年にパルスオキシメータの特許を取得した青柳卓雄氏が勤めていた日本光電は、あまりにも革新的な機械であったため、まず商業試作機としてイヤーオキシメータOLV-5100(昔のパルスオキシメータは耳で測定していた)を20~30台試作販売しました。同機は残念ながら商業的には成功せず、幻の機械となってしまい、唯一カタログに載っていた白黒写真だけが知られることになりました。日本光電がパルスオキシメータを開発していた時期に、日本光電とは全く別でミノルタカメラもパルスオキシメータの開発を行っていました。特許競争では日本光電に破れてしまいましたが、ミノルタは1977年に世界初の指で計測するパルスオキシメータMET-1471を発売しています。
麻酔博物館の委員として古いパルスオキシメータを探していた私は、旭川の中島進先生がMET-1471を使い世界最初の指で測定するパルスオキシメータの論文を書かれていることを知りました。中島先生に実機をお持ちか尋ねてみたところ、そのMET-1471は旭川医大呼吸器センター大崎前教授のもとに大切に保存されているとのお答えを得ました。その他にも方々手を尽くして調べましたが、製造元であるミノルタにも実機は現存しませんでした。
数年後、私は縁あって母校である旭川医大に戻ることになりました。この貴重なパルスオキシメータは、保管しておくだけではなく、旭川医大の宝として目立つところに展示するのはどうかと思い企画を出したところ、中島先生・大崎先生からご快諾をいただくことができました。準備のため中島先生のもとに何度もお邪魔し、パルスオキシメータについて教えていただいているうちに、中島先生はご自宅にもう一台古いパルスオキシメータがあるかもしれないことを思い出されました。荷物部屋のずっと開けていなかった箱から出てきたのは他でもないOLV-5100だったのです。これは過去にパルスオキシメータ初号機の開発に資金を提供し、パルスオキシメータの世界最初の臨床使用を行った中島先生に対し、日本光電が性能評価を依頼した一台でした。その後、日本光電に調査を依頼したところ、20~30台作られた機械の最初の試作機であることがわかりました。パルスオキシメータの歴史について書かれた世界中の本や論文の中で、「OLV-5100の実機は現存せず、あるのは白黒の写真のみ」だと言われてきた機械が発見されたのです。
西川学長にお願いしたところ、旭川医大の宝でもあるこの2台を展示することは大学の誇りであるとしてご助力をいただけることになり、現時点においては世界でも1台ずつしか現存しない2台の大変貴重なパルスオキシメータが、揃って旭川医大の中央玄関に展示されることになったのです。
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