遠隔医療

病理部

テレパソロジー風景

旭川医科大学病院病理部・病理診断科における遠隔医療は、本学に全国初の遠隔医療センターが設置された翌年、2000年から始まりました。第一例目は本学遠隔医療センター内にあった病理診断室と名寄市立総合病院との間で実施されました。この症例以来16年以上の歳月が経過し、現在まで道北および道東地域の5ヶ所の関連病院との間で712件(平成27年8月時点)のテレパソロジーを実践してきました【図1】。

【図1】本院のテレパソロジー関連医療施設
【図1】本院のテレパソロジー関連医療施設

1.テレパソロジーについて

病理診断関連部門の遠隔医療を「Telepathology(テレパソロジー)」と言います。肉眼画像や顕微鏡画像などの病理画像を通信ネットワークを用いて遠隔地に伝送して病理診断をする医療行為で、送信側は組織検体の肉眼像や顕微鏡像・患者情報などをコンピュータ経由で送信し、受信側はコンピュータのモニター画面を見て病理診断をします。テレパソロジーは、主に術中迅速病理診断を対象として実施されることが多く、その他にも病理医間での画像コンサルテーションやセカンドオピニオン、遠隔地の病院間での症例検討会や教育への活用も実際に行われています。

2.術中迅速病理診断について

術中迅速病理診断とは、外科手術の最中に組織の一部をとって凍結標本を作成し、HE染色のみで診断するもので、手術中に20分程の短時間で標本作製から病理診断までを行います。この迅速診断で手術中に良性疾患か悪性疾患かなどの判定も可能なため、手術回数の減少、患者の精神的負担や経済的負担の軽減、医療費の軽減にも寄与することが知られています。

3.本院におけるテレパソロジー

2000年から始まった本院の初期テレパソロジーはISDN回線を使用した静止画像のシステムを導入していましたが、いくつかの課題を抱えていました。最初の課題は画像取込に時間がかかることで、複数枚の画像取込を指定すると想像以上の時間が掛かり臨床サイドの期待通りの早さで診断ができないことでした。また検体の個数が多い症例や低分化腺癌の断端検索といった画像診断には適さない症例も多く見られました。数症例を経験した時点で送信側の外科医と問題点の検討を行いシステムへの理解を深めてもらいました。二番目の課題は標本の質が悪いと診断の信憑性にも大きな影響を与えるということでした。標本作製技師の技術的習熟度がテレパソロジー診断に重大な影響を与えるため、本院では送信側病院の病理標本作製担当技師を定期的に技術指導しています。また凍結薄切標本の質の問題に逸早く取り組みCryofilm法というユニークな迅速標本作製法を開発しました。Cryofilm法を用いると作成困難であった凍結標本が比較的容易に作成できるばかりではなく、標本の挫滅や欠損がほとんどなく質の高い組織標本が作製でき、結果的に確実な病理診断に結びつくようになりました。現在、我々はこのCryofilm法を関連病院の病理技師ばかりでなく、全国の凍結標本を作成している病理検査室に普及させるべく努力しています。三番目の課題は診療報酬請求を含む運用面での問題で、送信側・受信側の医療機関間での協力体制の構築や関連企業の努力、そして最終的には日本デジタルパソロジー研究会が提示したテレパソロジーガイドラインにより、多くの課題が解決に近づいています。しかし診療報酬請求の保険点数は、送信側・受信側いずれにとっても初期投資の経済的負担を担保するには十分ではなくテレパソロジーの実践を躊躇するものとなっており、実施可能な行政的施策を期待します。四番目の課題は回線速度、技術的トラブル、取込時間がかかるなどシステム性能の問題でした。本院では導入から10年経過した後、送信側病院にとって最も経済的負担の少ないデジタル顕微鏡と光回線を利用した新たなテレパソシステムの構築を行いました。現在まで、このシステムでは回線トラブルやシステムのアプリケーショントラブルもなく順調な運用を継続しています。

4.本院におけるテレパソロジーの実績

関連5病院との2007年3月から2016年3月までの10年間のテレパソロジーを臓器別にまとめたものを【表1-a】に示します。脳外科領域の検体が多いのは、脳外科主体の関連病院があることが影響しています。実施目的としては、組織診断確定が最も多く84%、残り16%が断端や転移の判定でした。次に正誤率を検討した結果を【表1-b】に示します。現在本院のテレパソロジーは、関連病院別に病理部医師と病理学講座免疫病理分野の病理医が診断しています。病理学講座担当症例は、解凍標本に関しては当該病院内で再検鏡しているため正誤率の検討ができないことから、対象を病理部関連症例に限定してテレパソロジー正誤率を検討しています。初期システムを利用していた10年間では正誤率94.46%と他大学に比較して若干低値でしたが、現有のデジタル顕微鏡システムに変更後の7年間のデータで見ると99.27%と他大学の正誤率を若干上回る数値となりました。これには、開始当初のシステムトラブルや標本の質の問題が大きく影響していると考えられます。さらにテレパソロジー対象疾患が限定されてきたことも正誤率向上に繋がりました。

【表1】10年間の臓器別テレパソロジー件数
【表1-a】10年間の臓器別テレパソロジー件数
【表2】テレパソロジーの正誤率
【表1-b】テレパソロジーの正誤率(病理部医師担当分)

5.結語

我々は、2000年の第1例目以来、北海道北部・東部という関東地方よりも広大な地域の中の5基幹病院との間で16年間に712症例のテレパソロジーを実践してきました。医療社会環境の変化や医療技術の進歩の中で、使用機器やシステム的には最先端のテレパソロジーを実践しているとは言えませんが、コストパフォーマンスの良い実用的テレパソロジーを目指してきました。

テレパソロジーは、実験段階から実用段階の時代となりましたが、将来は更なる病理医数減少に対する対応策としてもその活用は重要となります。また病理診断の本来の意義である「医療の質の担保及び均てん化」という観点からも、術中迅速病理診断支援ばかりでなく通常の病理診断にもテレパソロジーが活用され、さらに利用頻度が高くなるものと予想されます。将来的な展望も踏まえて、初期投資をできるだけ抑えられるテレパソロジーに対する医療環境の整備や、術中迅速病理診断ばかりでなく、通常の病理診断も含めた病理業務全般のICT化の推進も待ったなしの時代となった感があります。

今後も北海道北部・東部の5基幹病院ばかりでなく、さらに関連病院を増やしつつ、実践的なテレパソロジーを展開していきたいと考えています。

2015年09月03日
旭川医科大学病院 病理部