私たちにとって,歩行という運動は日常生活を送る上で必要不可欠のものです。そればかりではなく,この能力が人類の進化の上で重大な変化をもたらしたことは言うまでもありません。そして,ヒトの歩行運動の不思議を解明したいという願いは古代から現代に至るまで,様々な分野の研究テーマの一つとして取り上げられてきました。また,その延長上に私の関心事である障害歩行の発生の機械的要因を明らかにすることも含まれています。
こうした歩行研究の中から,“ヒトは最も効率の良い歩き方を選んでいる”ということが明らかにされてきました。これは,歩く速さを変える場合や自分の最も楽な速度で歩く場合に,歩き方,つまり歩幅と歩調をその際のエネルギー効率が最高になるように選択するという事です。昔から,坂道をあたかも歩いているように二本の足を交互に動かして下っていくおもちゃがあります。これは受動歩行装置と呼ばれるもので,ある意味で効率のよい歩行を再現しているととらえることができます。すなわち,機械側は何の制御も受けずにただ自然と落ちてゆくだけなので,制御のためにエネルギーがほとんど使われておらず,動くためにだけエネルギーが使われていると考えられるからです。この状態をもう少し考えると,これは下肢が振子のようにぶらぶらと自由にふれている状態に最も近いと見ることができます。つまり,下肢の重心位置で決まる周期で歩行しているとき,最も効率のよい歩行となっているという考え方です。こうした考え方を元に,実際の機械やコンピュータシミュレーション上で歩行を再現する研究が現在盛んに行われています。
歩行を阻害する因子には 1)歩行のための筋制御の不全,2)運動を発現するための筋力の不足, 3)運動の枠組みとしての関節可動範囲の低下が挙げられます。歩行の機械的モデルが確立すれば歩行を実現するための機械的な枠組みが明らかにされ,逆に脳を含めた中枢神経系による制御や補償がどのようになされているかも見えてくる可能性があります。もう一つのアプローチとして,ここに挙げた歩行の阻害因子を工学的に表現して,現行のモデルや装置にくみいれ,どのような歩行の異常が発生するのかといったことを考える方法があります。この講演では上記の歩行に関する研究をまず概説し,歩行阻害因子の一つである関節可動域を取り上げ,その影響についてお話したいと思っています。
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