副腎腫瘍について
(特に内視鏡下副腎腫瘍手術について)

1 はじめに
2 内視鏡手術が行われる副腎腫瘍とは
3 内視鏡手術について (1)麻酔、(2)手術方法
4 内視鏡手術の長所と短所について
5 内視鏡手術の時間・出血および手術方法の変更について
6 術中・術後の合伴症について
7 術後経過について


1.はじめに

 副腎腫瘍の中には,ホルモンを分泌するものとそうでないものとがあります。ホルモンを分泌する腫瘍に対しては薬剤を投与することにより症状を抑えることができますが,薬物治療には限界があり,「根治」を目的とした場合には手術が必要になります。また,ホルモンを分泌しないものでも悪性が疑われるような腫瘍では手術による治療が選択される場合があります。
 従来,副腎腫瘍の手術といえば,皮膚を数十cm切開して腫瘍を摘出していました。しかし最近は,大きく切開しなくても,おなかに開けた数個の穴からカメラ(内視鏡)と特殊な手術道具を入れて、副腎腫瘍を取り出すことができるようになりました。この手術方法を内視鏡下副腎腫瘍手術と呼びます。
 この文書は,内視鏡下副腎腫瘍手術が適応となる方に対して,手術の特徴と方法についてご説明するものです。

2.内視鏡手術が行われる副腎腫瘍(ふくじんしゅよう)とは

 すべての副腎腫瘍がこの内視鏡手術で取り出せるわけではありません。大きい腫瘍では内視鏡手術のみで取り出すことが困難になります。具体的には,腫瘍の直径が5cmを超えるものについては,内視鏡手術で取り出すのか,皮膚を切開しておなかをあけて取り出すのか,慎重に判断します。また,悪性の腫瘍(癌)では内視鏡での手術がしばしば困難になることがあります。そのほか,以前に腎臓や大腸の開腹手術を受けられた方では,組織の癒着がおこり,内視鏡手術で腫瘍を取り出すことが困難になることもあります。このような場合ははじめから開放手術(開腹手術)にしたり、あるいは内視鏡手術をまず行い内視鏡での手術が困難になった時点で開放手術に変更します。また、良性の腫瘍や小さな腫瘍であっても出血や癒着あるいは合併症(後述「6.術中・術後の合伴症について」)で開放手術が適切と判断される場合も開放手術に変更します。

3.内視鏡手術について
(1)麻酔

 麻酔は全身麻酔です。麻酔方法の詳細については麻酔科医が手術前に患者さんにお会いして、最も適切な麻酔方法を決めます。通常の、全身麻酔では人工呼吸のため口から気管に管が挿入されますので、手術後はのどの痛みを感じることがしばしばあります。また、麻酔の調節のため手足や首の血管に管を入れ、点滴や、血圧の測定などを行います。
 手術中および術後はおなかの動きが悪くなり、おなかが張ることがよくありますので鼻から胃に管を入れ、術後におなかの動きがよくなってから抜きます。また手術中には排尿チューブも尿道から膀胱に挿入されますが、術後にトイレまで歩行できるようになれば管を抜きます。

(2)手術方法
 内視鏡下副腎腫瘍手術では,皮膚を数mmから30mm程度切り、おなかに穴を数カ所つくります。その穴からカメラ(内視鏡)や手術道具(鉗子など)をいれ、カメラで観察しながら腫瘍をまわりの臓器からはがして、副腎腫瘍および周りの脂肪などの組織もあわせて取り出します。通常は炭酸ガスを手術部位に注入し、身体のなかに空間を作って手術をやりやすくします。ちょうどガスで膨らませたドームの中で仕事をするような感じです。内視鏡による鉗子の操作や腫瘍の摘出を胃や腸がおさまっている「腹腔」という空間から手術する方法を「経腹式」と呼びます。また「腹腔」には内視鏡や操作鉗子を通さずに「腹腔」の後方より副腎に到達する方法を「経後腹膜式」と呼んでいます(図1、2)。いずれの方法でも副腎腫瘍を取り出すことは可能です。
 図2に左側の副腎腫瘍を手術する際の切開例を示します(実際の切開位置は患者さん一人一人で異なります。また右側の場合では切開する位置が右側に集まりますが,基本的には切開の数,大きさに大差はありません)。このように3カ所ないし5カ所の小さな穴をあけるだけで手術は可能になります。ただし穴の数は必要に応じてさらに数個増えることがあります。腫瘍は内視鏡での観察下に鉗子を用いて,周囲の臓器や脂肪組織からはがされ,血管は止血凝固装置や血管用止血クリップで処理されます。内視鏡手術では数カ所の小さな傷で腫瘍を取り出すことができますが,腫瘍が大きく穴から取り出せないときは,その大きさに応じて取り出す穴を切り広げたり、内部で腫瘍を適当な大きさに分けて取り出すことがあります。

その他の参考図はこちら

4.内視鏡手術の長所と短所について

 開放手術と比較した場合、内視鏡手術の長所としては,傷が小さいため従来からのおなかを大きく切る手術に比べ手術後の傷跡が目立たないこと,術後の回復が早く飲水や食事,歩行が多くの場合、術後1、2日目から可能で,術後の疼痛も少ないことなどが報告されています。
 短所としては,開放手術手術に比べ手術時間が長いことなどが報告されています。また内視鏡という限られた視野で特殊な器具を用いて行う手術であるため、開放手術では容易に処理できる合併症も内視鏡手術では処置が困難なこともあります。

5.内視鏡手術の時間・出血および手術方法の変更について

 内視鏡手術の手術時間は通常3時間から6時間かかります。手術中の出血量は数mlから400ml程度(当科での平均90 ml)で,多くの場合,輸血することはありませんが、特別な事情のない限りいつでも輸血できる様に準備はしておきます。術前から貧血のある方や褐色細胞腫においては、出血がすくなくても早めに輸血することがあります。おなかを大きく切開する従来の手術に比べ,手術時間は長くなる傾向がありますが,出血量はむしろ内視鏡手術のほうが少なくなっています。また出血や周囲の組識との癒着などから内視鏡手術が困難になったときは,開放手術(あるいは開腹手術:おなかを切って手術すること)に変更して適切に処置をします。

6.術中・術後の合伴症について

 副腎の周囲および手術操作を行う空間には肝臓、膵臓、脾臓、腎臓、胃、尿管、十二指腸、小腸、大腸、横隔膜、胸膜、肺や血管などがあります。手術ではこれらの臓器に傷がつき、傷の修復や臓器の摘出などの処置が必要になることがあります。内視鏡操作だけで処置が困難な場合には,先に述べたように開放手術(開腹手術)に移り、合併症に対して適切な処置を行うことがあります。この場合の処置には血管の結紮や縫合、腸の部分切除や縫合、腎臓の摘出、横隔膜や胸膜、肺の縫合、脾臓の摘出、横隔膜の縫合、胸腔穿刺による一時的な脱気(胸腔に入ったガスを抜くこと)や胸腔ドレーン留置による脱気などがあります。また、非常にまれではありますが、損傷した血管からガスが入り心臓や肺に入る合併症やその他予期せぬ合併症に対しても適切な処置を行います。
 術後の合併症には,肺に空気が入らなくなる無気肺や肺炎、手術時の姿勢が原因と思われる関節痛や腰痛,炭酸ガスによる皮下気腫,一時的な尿量の減少,頭痛,吐き気などが考えられますが,これらはいずれも重篤な状態になることは少なく,手術後適切な処置を行うことで改善します。
 開放手術(開腹手術)になった場合、切開創の周囲の感覚が鈍ったりしびれや痛みがでたり、腹壁の筋肉の動きが鈍くなったりすることがあります。多くは時間の経過とともに回復しますが、これらの症状が幾分残ることがあります。
 腹腔鏡手術のときにも穴の部分から出血したり、術後のしびれや痛みを起こすことがあります。多量の出血に対しては止血します。しびれや痛みは開放手術の場合と同様、多くは時間の経過とともに回復しますが、幾分残ることがあります。

7.術後経過について

 通常,手術後1日ないし3日目におなかの動きがよくなり、鼻から胃に入っていた管が抜けます。その後、水などを飲んでいただきます。同じ頃から歩行も可能となり、トイレまで行けるようになれば排尿チューブを抜きます。また,手術後の創部の痛みが少ないのが内視鏡手術の長所のlつですが,痛みを我慢する必要はありません。痛い場合には鎮痛剤等の処置をします。シャワー浴は創部の状態がよいと術後数日でできることがあります。創部の抜糸はl週間前後で行います。 取り出した腫瘍については,病理組織学的診断を行います。手術後1週間前後で結果がわかります。