旭川医科大学精神医学教室の歩みと現況
旭川医科大学医学部精神医学講座 准教授・医局長 田村義之
すでにご承知のように、旭川医科大学精神医学教室は昭和51年4月に森田昭之助 初代教授の就任によって創設されました。昭和53年9月には宮岸 勉第二代教授に引き継がれ、平成9年9月に第三代目として旭川医科大学第一期生である千葉 茂教授が就任し、現在に至っています。また、平成3年7月には直江寿一郎会長の就任により同門会が設立されました。平成19年10月に猪俣光孝第二代会長に引き継がれ、現在の同門会会員数は89名にのぼります。同門会員の多くは、市立釧路総合病院、北海道立緑ヶ丘病院、名寄市立総合病院など道東・道北地域の基幹病院をはじめ、精神科地域医療の担い手として全道各地で活躍しています。当教室は本年4月で32年目を迎え、平成10年4月に発行された北海道精神病院協会史に現況を報告して以来、10年の月日が経過しました。本稿では、この10年間の教室の活動内容を中心に報告させて頂きます。
旭川医科大学病院は、昭和51年11月に開設され、北海道の面積の約70%に相当する道東・道北地域における唯一の特定機能病院として高度先進医療を展開しております。精神科神経科の診療は附属病院の開院と同時に開始され、統合失調症、気分障害、神経症性障害、器質性精神障害はもちろん、てんかん、認知症、睡眠障害などに取り組んできました。外来診療はそれまで火・木・金曜の週3日でしたが、平成15年3月から月曜から金曜まで平日は毎日行っています。外来患者数は増加の一途をたどり、1日の精神科神経科外来患者数は約90名であり、外来患者延数は平成16年度に年間2万人を超えました。さらに、平成16年から本格的に稼働した当院救急外来の受診者数も年々増加傾向にあり、それに伴い精神科救急や他診療科からのコンサルテーションも増加しています。
このように旭川医大精神科神経科へのニーズが急速に高まる一方で、平成16年4月に発足した新臨床研修制度によりしばらく教室員の増員がなかったため、この数年間はマンパワーの不足を感じることも多く、まさに激動の時代であったといっても過言ではありません。しかし、平成18年11月に精神保健福祉士(PSW)が採用され、患者の社会復帰に向けて地域の医療機関との調整や社会資源の利用、各種書類の処理などが円滑に進むようになり、平成19年1月からは外来患者の待ち時間短縮のために新患予約制を導入するなど、教室員が少なくても良質の医療を維持・発展させるよう努めてまいりました。また、平成19年3月には日本睡眠学会認定検査技師1名、平成20年4月には当科専属の検査技師2名がスタッフとして加わり、診療および研究面で強力なサポートを得られるようになりました。さらに、平成20年4月にはPSWが2名に増員され、新たに精神科外来事務補助員も配置されています。
地域医療の提供という側面だけではなく、大学病院という専門的医療機関として専門医の養成は重要な使命であり、平成13年以降、当科は以下の認定を取得しています。
1) 日本老年精神医学会認定医療施設
(平成13年2月認定)
2) 日本睡眠学会認定医療機関A型
(睡眠障害の全般を診療対象とする医療機関)
(平成15年9月認定)
3) 日本てんかん学会認定医(臨床専門医)研修施設
(平成16年10月認定)
4) 日本精神神経学会精神科専門医制度における研修施設
(平成18年4月認定)
5) 臨床精神神経薬理学研修施設
(平成19年1月認定)
また、専門外来として、平成16年3月には「睡眠クリニック」、同年4月には「もの忘れ外来」と「てんかん外来」を開設しました。
「睡眠クリニック」は、「快適な睡眠に目覚める日」として定められた3月21日のインターナショナル・スリープ・デーにあわせて開設されました。日本睡眠学会認定医(千葉 茂、田村義之)を中心に80種類以上に及ぶ睡眠障害を正確に診断し、どの診療科で治療すべきかを見極める包括的な役割を担っており、内科、小児科、耳鼻咽喉科、歯科口腔外科などと連携しながら診療を行っています。わが国では、24時間社会への変化や生活様式の夜型化、ストレスの増大によって人々の睡眠時間は徐々に減少しており、5人に1人は睡眠に関する悩みを抱えていると報告されています。平成19年8月からは上記診療科や生理学講座など学内における睡眠学のエキスパートによる睡眠プロジェクトチームが編成され、月に1回程度、合同カンファレンス(名称「旭川睡眠医学カンファレンス」)を開催しています。
「もの忘れ外来」では、日本老年精神医学会認定医・指導医(千葉 茂、布村明彦)を中心にCT、MRI、および統計学的画像解析(3D-SSP解析)によるSPECTなどの脳画像診断、脳波、髄液検査(タウ蛋白測定)、臨床遺伝学的検査(アポE遺伝子、プリオン遺伝子の多型・変異検索)、神経心理学的検査などを駆使して、アルツハイマー病をはじめ血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症、プリオン病、MCI(Mild Cognitive
Impairment)などの早期診断・早期治療に実績をあげています。
「てんかん外来」では、脳神経外科、小児科、神経内科などと連携し、日本てんかん学会認定医(てんかん専門医)(千葉 茂)を中心に診療を行なっています。てんかんはさまざまな精神症状を呈し、約3分の1の患者が心理的問題を抱えていると指摘されています。単に発作を抑制するだけではなく、女性における結婚や妊娠にともなう催奇形性の問題など、てんかん患者のQOLという視点から心理社会的側面を含めた包括的治療を進めてきました。当科は、開設以来多くのてんかん患者を診療してきた実績があり、てんかんの専門的医療機関として道東・道北地域における中核的役割を担っています。
診療における環境面(ハード面)でも、この数年で大きな変化がみられました。平成11年に開始された病院再開発による改修工事は平成18年3月に終了し、外来棟は臓器別・系統別診療体制となり、精神科神経科は脳神経外科との共同ユニットになりました。明るい雰囲気の診察室になり、待合室からは心を和ませる緑の植込みを眺めることができるなど、アメニティに十分な配慮がなされました。病棟は、平成12年2月に神経科病床10床を休床し、精神科病床として開放7床、閉鎖26床の計33床になっています。そして、平成16年4月には欧米のように個室を重視した、安心してくつろげる快適な病室に生まれ変わりました。とくに8畳ほどの広さをもつ保護室は、壁に曲線的で安心感を与えるクリーム色のソフトな材質が用いられ、床も弾力性のある安全性の高い材質になりました。エア・コンディショニングも付いており、シャワールームが隣接して設置された明るい保護室は、従来の保護室にあった暗いイメージが完全に払拭されています。
平成16年3月には専用のポリグラフ検査室(個室2床)とモニタリングルームなどで構成される、最新のコンピュータ技術を駆使した精神・行動・生体現象モニタリングシステム(図1,2)も導入されました。本システムの導入により、睡眠中や覚醒時の行動と脳波、眼球運動、筋電図など種々の生体現象を長時間にわたって同時記録するポリグラフィの解析・編集技術が飛躍的に向上しました。前述したように、平成19年3月には日本睡眠学会認定検査技師1名、平成20年4月には当科専属の検査技師2名が新たにスタッフとして加わり、ポリグラフィは年間約120件にも施行され、専門外来と密接に連携しながら睡眠覚醒障害、てんかん、認知症、せん妄などの診療や研究に広く活用されています。
研究面では、神経生理および神経病理の2つの研究グループに分かれ、相互に連携を保ちながら各種病態の解明と科学的かつ合理的な治療法の確立を目指して活動してきました。近年は、国内外の研究機関との共同研究も盛んに進行させており、多数の重要な新知見を公表しています。
神経生理グループは、千葉 茂教授を中心にてんかん、意識障害、睡眠覚醒障害など高次脳機能障害の病態解明を念頭において基礎および臨床研究に取り組んでいます。基礎研究では、千葉教授がカナダブリティッシュ・コロンビア大学J. A. WADA教授と共同で推進したキンドリングやけいれん誘発物質(GABA- A
antagonist、興奮性アミノ酸)の脳内微量注入を用いたてんかんの神経機構に関する一連の研究は、現在、京都大学との共同研究である動物モデル(Noda epileptic rat;
NER)を用いた研究へと展開しています。発達および老化過程におけるけいれん準備性の変化やてんかん発作発現に関わる脳幹の役割について多くの新知見を発表しており、この分野では、平成11年8月に千葉 茂教授が日本てんかん治療研究振興財団 研究褒章を受賞したことに引き続き、平成17年10月には石本隆広研究生が日本てんかん学会JUHN AND MARY
WADA賞を受賞しました。このほか、抗コリン薬(Biperiden)を用いたラットせん妄モデルの開発に関する研究も行われ、新知見を発表しています。また、臨床研究では、医師の睡眠習慣に関するコホート研究や精神・行動・生体現象モニタリングシステム、定量脳波解析、アクティグラフィを駆使した各種病態の解析や薬物脳波学的研究などが行われています。平成13年7月には、「20世紀の薬物脳波学を振り返るとともに、次の世紀の研究方向性を探る」をテーマに当教室が第4回日本薬物脳波学会を主催しました。また、本学会開催のモニュメントとして、Advances in
Pharmaco-EEG(International Pharmaco-EEG
Group, 1996)の訳本「薬物脳波学の進歩」(千葉 茂ほか監訳、星和書店、2001年)が出版されています。平成15年6月には「サーカディアンリズム睡眠障害の臨床」(千葉 茂、本間研一編著、新興医学出版社)を上梓したほか、多数の論文、著書を公表しています。
神経病理グループは、中枢神経系の老化過程や老化と関連の深い神経変性疾患の病態を解明することを目的として、主として組織細胞化学的手法を用いた研究が進められてきました。アルツハイマー病脳、ダウン症候群脳、レビー小体型認知症脳およびMCI脳における核酸の酸化的傷害の解明や、アルツハイマー病における神経細胞死の機構についての検討は、米国ケース・ウェスタン・リザーブ大学(G. Perry教授ら)との共同研究として、重要な知見を国際学術誌に多数公表しています。
教育面では、講義内容の充実をはかるとともに、平成18年3月から学生実習のなかで、精神医学の重要なテーマについて15分で講義する「15 minutes
lecture」を始めました。これは、診療や研究で多忙であっても、全ての教室スタッフが卒前教育として学生に接する機会をもち、診療や研究の合間の短い時間を有効利用して教育することを意図したものです。具体的には、各医師の得意な領域や関心のあるテーマについて、研究成果も織り交ぜながら講義を与えます。学生の精神医学への興味・関心を高め、結果として精神科医の増加につながることを期待しています。また、卒前教育だけでなく、卒後教育においてもさらなる工夫を重ねていこうと考えています。
啓蒙活動では、地域住民を対象とした市民公開講座の開催や派遣講座も数多く実施しており、平成18年7月には日本精神衛生会第50回精神保健シンポジウムを開催いたしました。「睡眠からみた心と社会」をテーマにして、多数の市民や関係者の皆様にご参加いただき、成功裡に終えることが出来ました。こうした学会活動や市民公開講座に出席された市民の方々が、その後に外来を受診されることも多く、今後も積極的に取り組んでいく予定です。
以上、この10年間を中心に教室の活動内容を報告致しました。はじめに「激動の時代」と申し上げましたが、千葉 茂教授を中心に教室員一同が結束し、真摯に診療、研究、教育に取り組む姿勢は、これまでも、そして今後も何ら変わることはありません。
最後になりましたが、今後とも北海道精神科病院協会の会員ならびに関係各位の皆様のご支援とご指導ご鞭撻を心よりお願い申し上げます。
図1.モニタリングルーム