研究内容

  • 1. 肝上皮系細胞の分化・増殖メカニズムの研究と慢性肝障害の病態解析
  • 2. 肝におけるJNK経路の意義
  • 3. 肝発がんメカニズムの解析
  • 4. 肝腫瘍の代謝状態の解析
1. 肝上皮系細胞の分化・増殖メカニズムの研究と慢性肝障害の病態解析
 肝臓の病態を考える上で,慢性肝傷害によりもたらされる肝上皮系細胞(肝細胞や胆管上皮細胞)の分化や増殖の異常を理解する必要があります.私たちは,慢性肝傷害に伴って高頻度に認められる細胆管の増加,すなわち細胆管反応のメカニズムについて研究してきました.三次元コラーゲンゲル培養系を用いて成熟肝細胞が胆管上皮細胞に分化転換することを証明するととともに,この分化転換が可逆性であることを示しました.最近は,マウス生体内(in vivo)での肝細胞追跡系を用い,実際に肝傷害に伴い肝細胞から胆管上皮細胞への分化転換が起こることを証明しました.一方で,既存の胆管上皮が活発に増殖するとともに,高度のリモデリングをきたすことも見出しています.今後も,肝細胞-胆管上皮細胞の相互可塑性を視野に入れながら,傷害肝における肝上皮系細胞の振る舞いを詳細に調べていきたいと考えています.
 また,肝細胞の分化を規定する転写因子であるHNF-4αのアイソフォームのスイッチング機構の解明,肝内胆管と肝外胆管の発生メカニズム,鉄過剰による肝細胞傷害のメカニズムの研究,新しい胆管上皮細胞分離・培養法の開発,肝細胞の培養下(in vitro)での増幅法の開発などの研究も進行中です.
2. 肝におけるJNK経路の意義
 私たちはストレス応答シグナルとして知られるJNK経路に着目し,肝傷害および肝再生における役割を解析しています.JNK経路は,細胞外からの物理・化学的ストレス刺激や炎症性サイトカインに応答し,細胞の増殖・生存・分化などに影響を与えることが知られています.JNKの活性化には上流キナーゼのMKK7がMKK4とともに関わっており,MKK7やMKK4をノックアウトしたマウスは,胎児肝細胞の増殖が顕著に抑えられることによって肝形成不全となり,胎生致死となることから,これらが胎児期の肝細胞増殖に重要であることが明らかです.最近,MKK4をノックダウンするとMKK7が活性化され,肝再生が促進されるという興味深い報告がなされていますが,成体肝での機能については不明の点が多く残されています.そこで私たちは,成体マウスにおいてMKK7を肝細胞特異的にノックアウトし,急性・慢性肝傷害に対する応答や肝腫瘍進展におけるMKK7およびJNK経路の意義を研究しています(東京医科歯科大学難治疾患研究所 仁科博史教授との共同研究).
 また,私たちの培養実験ではTNF刺激によるJNK-c-Jun経路の活性化は肝細胞から胆管細胞への分化転換にも関わっていることが示唆されており,MKK7ノックアウトマウスを用いてこれを検証する実験も進めています.
3. 肝発がんメカニズムの解析
 肝がんは頻度が高く,治療の難しい悪性腫瘍であり,その原因の解明およびこれに基づいた新しい治療法の開発は重要です.肝がんの病態を深く解明していくことは私たちの大きなテーマの1つです.
 これまで私たちはさまざまなマウス肝発がんモデルを用いて研究をしてきました.肝がんの発生には慢性肝傷害による炎症や線維化が重要であることが古くから知られています.私たちは,変異原性発癌物質のジエチルニトロサミンによる化学肝発がんモデルにおいて,肝腫瘍の発生が種々の慢性肝傷害により影響されるかを検討しており,興味深い結果を得ています.また,マイクロアレイを用いた解析で,肝硬変を伴う肝腫瘍と肝硬変を伴わない肝腫瘍の間で胎児・新生児期遺伝子が異なったパターンで発現亢進することを明らかにし,特に肝硬変で誘発される肝腫瘍ではIGF2H19のmRNA発現が増加することを報告しました.
 現在,私たちが特に興味を持っているのは,外来遺伝子を効率的にゲノムに組み込むことができるSleeping Beautyトランスポゾンシステムを用いたin vivoにおける新しい肝腫瘍モデルです.様々ながん遺伝子を組み込んだ特殊なベクターとトランスポゼース発現ベクターをマウスの尾静脈から急速に静注すると,肝細胞内にがん遺伝子を導入することが可能で,非常に短期間で肝腫瘍を誘導することができます.PI3キナーゼ経路,Ras-MAPキナーゼ経路,Hippo-Yap経路やc-Mycなどの相互作用による発癌促進効果,脂質代謝への影響,肝腫瘍組織像(肝細胞癌,胆管細胞癌)に注目して解析しています.
4. 肝腫瘍の代謝状態の解析
腫瘍細胞は,細胞が本来持つさまざまな代謝機能を巧みに操って,急速な増殖に伴う酸化ストレスに対応しながら,増殖や転移に必要な細胞の構成成分やエネルギーを獲得しています.腫瘍細胞が実際にどのような代謝変化をきたしているか,その特徴を各腫瘍において明らかにすることは,腫瘍の病態生理を理解し,代謝を標的とした有効な治療法を確立する上で重要です.
 スタッフの1人(藤井)は分析化学(特に分離分析や質量分析)を専門とし,これまで低分子化合物からタンパク質に至る生体成分を対象とした解析手法の開発や臨床検体を用いた腫瘍マーカーの探索研究などに従事してきました.現在,これらの技術を生かし,腫瘍細胞のプロテオーム解析やメタボローム解析を行っています.さまざまなマウス肝発癌モデルを比較検討することで,興味深い結果が得られつつあります.特に,肝細胞にがん遺伝子を直接的に導入する上記のマウス肝発癌モデルでの解析では,特定のがん遺伝子による肝細胞の増殖異常と代謝状態の変化の関連について新しい知見が得られることを期待しています.
 上記に加え,肝細胞の増殖や分化に伴う代謝状態の変化についてもin vivoin vitro両面から積極的に研究を進めています.