留学体験記 at Texas A&M University

長岡 泰司



Texas A&M University:

2005年4月より2007年3月までの2年間、米国テキサス州にあるテキサスA&M大学に留学させて頂きました。私が留学していた時期はちょうど新研修制度導入により新入医局員がおらず、医局にとって未曾有の人手不足で大変な時期でありましたが、このような状況下でも快く留学に送り出して頂いた吉田先生はじめ医局の先生方には大変感謝しております。私の留学先は、日本では無名のテキサスA&M大学で、しかも研究所は大学の本部から200km程離れた田舎町にあり、総勢50名足らずの小さなものでした。その分、スタッフは皆フレンドリーで、私のような英語の下手な異国人にとっても大変仕事のしやすい環境でもありました。私のテキサスでの上司・Lih Kuo教授は台湾出身のPhDで、台湾の大学を卒業後、国籍や体のハンディキャップをものともせずに努力を重ね、微小循環の世界において超一流の研究者に上り詰め、アメリカンドリームを実現された先生です。先生はもともと心臓の微小血管の専門家でしたが、好奇心が大変旺盛で、新しく網膜での研究プログラムを立ち上げられ、タイミング良くそこに私が参加させていただいたことになります。明晰な頭脳をフルに働かせ、学問に対して常に真摯に取り組む先生の姿勢には学ぶところがたくさんありました。 


留学時の日々の生活は、子供を幼稚園に送ることから始まり、その後スターバックスでコーヒーを買ってから研究所に行き、その日の実験のセッティングをします。そして当日屠殺して取ってきたブタの眼球から網膜血管を慎重に摘出し、ガラス管に縛り付け、昼食を取りながら、じっと基礎緊張が出るのを待ちます。しかしこれがなかなか難しく、だめな場合は別な血管に取り替えなければなりません。最初はいくらやっても血管が縮まない(基礎緊張が得られない)ことが続き、悶々とした日々を送ることもありましたが、半年ほど経過して慣れてくるとかなり信頼できる結果が得られるようになりました。良い血管がとれた日には、もったいないので思いつくままいろいろ試してみることになり、結局実験が夜8、9時までになることもありました。日本で勤務していた頃を考えるとこれでも早いくらいでしたが、私の研究所では5時で仕事を切り上げる人がほとんどでしたので、周りのみなさんから「そんなに働いて家庭は大丈夫なのか?」と真顔で心配されました。

私の留学した教室では研究テーマは個々人に任されていましたので、自分でやりたい研究を自由にすることができました。私が日本でやっていた臨床研究で、糖尿病患者では網膜血流が低下するという結果を得ており、「血流を改善させれば網膜症発症を予防できるのではないか?」という考えがありましたので、網膜血管を拡張させる新しい薬剤を探索することを私の研究テーマとしました。いくつもの薬剤・物質を試してみましたが、留学中にまとまり論文になったものとしては、高脂血症薬スタチンと、赤ワインに含まれているポリフェノールの一種であるレスベラトロールが、摘出した網膜血管を拡張させることを見いだしました。ただし血管を拡張させる血中濃度にするには赤ワインを3,4杯飲まねばならないようで、私のような下戸ではとても無理な話ですので、将来的にはビタミン剤のように成分を抽出してサプリメントになれば、患者さんにも使えるのではないかと期待しております。


週末はブタがいないので研究所では何もすることがなく完全にオフでしたので、家族と一緒に車でいろんな場所に出かけました。また、子供の成長を日々間近で感じることができたのは、大変幸せなことでした。アメリカの大都市では日本人同士のコミュニティーがあると聞きますが、私の留学先には日本人が町にいなかったので、かえって皆さんが気を遣ってくれて、ホリデーや感謝祭、クリスマスの時期にはホームパーティーなどにもよく参加させてもらいました。アメリカの普通の家族生活を垣間見ることができ、日本との違いに驚かされながらも、その違いを楽しむことができたと思います。

以上のように、今回の留学を通して、仕事の面のみならず、自分や家族の人生においてかけがえのない大変貴重な経験をさせて頂くことができました。もちろん苦しい事もあったのですが、今となっては全てが良い思い出になっています。若い先生には、ぜひとも思い切って世界に羽ばたき、ご活躍いただきたいと思っています。

(2007年 春 執筆)